事例・お客様の声 Project

古民家ではじめた、自然と人に寄り添うものづくり

住まいのインタビュー
古民家ではじめた、自然と人に寄り添うものづくり

JR浜松駅から車で2時間。静岡県浜松市天竜区春野町は、南北に長い浜松市の中北部に位置する中山間地域だ。緑豊かなこの町に、竹の鞄職人Gさんが移住したのは2016年のこと。人里離れた山の中で暮らすGさんを訪ね、山の暮らし、ものづくりの日々について伺った。

竹細工の仕事場を求めて

スギ・ヒノキ林の中を抜ける細い山道を登ると、木々を背負うように建つ古い一軒家が見え る。深緑の林に映える赤い屋根がGさんの住む築150年の古民家だ。

竹の鞄づくりは、材料となる竹を切ることからはじまります。切った竹を丁寧に加工し竹材にし、小さいナタで割り剥ぎを繰り返し竹ひごを作り、鞄を編みます。ほとんどの仕事を自分ひとりでやっています。竹の加工には「油抜き」という工程があり、屋外のでっかい釜で竹を煮て汚れを落とし、磨きあげ、1カ月間天日に干す必要があります。以前は浜松市の市街地に住んでいましたが、作業スペースが必要だったことや周囲への配慮もあり、山への移住を考えました。工房を兼ねた家探しの条件は、主要な道路から家が見えないこと、隣の家から自分の家が見えないことの2つ。そして、できれば土間のある古民家に住みたいという希望がありました。

山間地域ならそんな物件はすぐあるだろうと思っていたGさんだったが、実際はなかなか見つけられなかったという。

たくさんの方にお世話になり、人伝えに紹介してもらいながら、自分でも探したところ、インターネットの情報で、春野町に竹細工職人の方がいらっしゃることを知りました。春野町の協働センター(役場)で尋ねると、その方が住む自治会は浜松市の「Welcome 集落制度」に登録していて、地区の人たちが移住者を歓迎し積極的にサポートしてくれていることが分かりました。空き家情報を求めて、協働センターの方と一緒に当時の自治会長Tさんのところへ向かい、今の家を見つけることができました。

時を重ね、自然に溶け込んだ古民家の魅力

Tさんの案内で、地区内の空き家を7、8軒見て歩いたというGさん。この家に決めた理由は何だったのだろうか。

それまで見てきた「山の空き家」は部屋の中が荒れたままで長年放置されていることが多かったのですが、この家はきれいに片付けられていて、家主さんが大切にされてきた気持ちが伝わってきました。そして一番の決め手となったのは、裏山を借景とした二間続きの和室ですね。

和室は南面と西面に開口部があり、南面の広縁は里山の景色が一望できる開放的な空間になっている。また西面は障子戸を開け放つと、裏山の木立が眼前に現れ、日の光が降り注ぐ林内の景色はまるで一枚の絵のような美しさだ。周囲の自然に溶け込む古民家の佇まいが 気に入ったGさんは、設計士や住宅医と一緒に家屋を内見し、傷み具合を確認してから改修のプランを立てることになった。

古くて新しい、天然素材の家

住宅医さんの診断では、経年劣化による多少の傷みや傾きはあったものの、大きな問題は ないとのことでした。そこで劣化が進んだ部分を補修しつつ、なるべく古民家の良さを残して住むことにしました。設計士さんには、家の外観や建具は極力変えないことと、建材はなるべく土に還る天然素材を使ってほしいとお願いしました。それらを踏まえ、家の空間を「商品の展示スペース兼客間」「作業をする仕事場」「居住スペース」の3つに分け、その場に適したリノベーションを行うプランを提案してもらいました。

二間続きの和室は古民家の佇まいを極力残すため、断熱材やアルミサッシを入れず、木製 のガラス戸を入れた。さらに広縁の床板は春野産の杉で張り替え、和室の囲裏を復元し、障子戸に手すきの美濃和紙を使うなど、古民家の趣ある展示スペース兼客間となった。

極力手を加えないとはいえ、全く何もしないままの古民家では暑さ寒さは凌げません。居住スペースとなる1階の居間、2階の寝室には断熱材や内窓を入れて快適性を高めました。また仕事場は、土間の中に広さ3畳ほどの小屋を建てました。隣町の川根産木材を使い「家の中に小屋」という面白いコンセプトが気に入ってます。万が一の災害発生に備えた耐震シェルターの役割も担っています。

こざっぱりとした板張りの小屋は、内と外に仕事道具や家具などがセンスよく並び、 古いものと新しいものが融合した秘密基地のようだ。Gさんはこの小屋の中でお気に入りの音楽を聴きながら、竹ひごを作り、鞄を編んでいるという。

自然と人の暮らしに寄り添うものづくり

竹の鞄ひとつ作るのに60時間ほどかかりますが、「鞄を編む作業」は最後の数時間でご褒美のようなもの。実際には材料となる竹ひごを作ることにかなりの手間と時間をかけています。材料となる竹は、以前は磐田市で伐っていましたが、ここに移住してからは春野町のものを使っています。竹を伐る時期は、11月と12月の新月の時だけ。竹の中の養分が一番少なく、カビや虫害を受けにくいからです。切り出した竹は丁寧に油抜きをしたあと天日に干し、何度も割り剥ぎを繰り返して最終的に薄く細い竹ひごに仕上げます。鞄の内側には浜松で織られた遠州木綿を使っています。持ち手など革の部分には、春野産ジビエの鹿革を使用したものもあります。できるだけ地元産にこだわった「目と手の届く範囲でのものづくり」を意識しています。

移住して7年。竹の鞄づくりのために山暮らしをはじめたGさんだったが、周囲の反応は 予想外だったという。

住んでみて意外だったのは、自分の周りの人たちが想像以上に喜んでくれたことですね。地区の方たちもそうですが、自分の友人たちも喜んでくれて、面白がって遊びにきてくれます。大勢集まっても和室で宴会ができますし、子どもたちも走り回れますよ。

すっかり地域に馴染んだGさんの元に、この日も当時の自治会長Tさんが顔を出してくれた。

Tさんには、今でも本当にお世話になっています。夕ご飯に呼んでもらったり、地域のことでわからないことを相談したり、仲良くしていただいて本当にありがたいです。移住した時には、地区の皆さんや友人が30人ほど集まってくれて、料理を持ち寄り歓迎会をしてくれました。2020年には我が家の和室を中心にした「竹鞄の展示会と落語会」を企画していましたが、コロナで中止になってしまい残念でした。いずれまたここで、みんなが楽しんでくれる企画ができたらいいなぁと考えています。

古民家には、人と自然が長い年月をかけてつくり上げた、変わらない美しさがある。Gさん もまた、人と自然に寄り添う暮らしの中で、時代を超えて愛される竹の鞄をつくり続けている。

Information

所在地 浜松市天竜区春野町
設計・施工者 有限会社アラン
(https://alain.co.jp/)
工事種別 改修
建物概要 木造2屋、延床面積 約163㎡