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土壁のある現代の民家と、里山の暮らし

住まいのインタビュー
土壁のある現代の民家と、里山の暮らし

伊豆半島の玄関口に位置する静岡県田方郡函南町は、温暖な気候に恵まれた自然の豊かな町だ。函南駅は、新幹線停車駅の三島駅と熱海駅まで一駅と交通の便が良く、首都圏への通勤も可能な町として注目を集めている。
Yさん一家が住む家は、函南町の中心地から離れた、のどかな里山の風景の中にある。裏の竹林からサラサラと笹鳴りが聞こえてくる静かなこの場所が、Yさんの里山ライフの舞台だ。

竹林・古民家・蔵・付き一軒家との出会い

Yさん一家が函南町に移住したのは2023年の春のこと。夫Tさん、妻Yさん、お子さん2人の4人で東京の町田市から引っ越してきた。

夫Tさん:私はもともと、東京で里山の保全活動や農業体験、自然教育、地域のコミュニティづくりなどの活動をしてきましたが、自分たちの住む場所は普通の住宅地の中にあったんです。子どもたちも自然が大好きですし、より豊かな場所で里山暮らしを実践したいと思い、移住を決めました。

最初は湘南や小田原、伊東、富士宮など、自分たちの知っている場所から移住先を探していたというY夫妻。「函南の漢字の読み方もわからなかったんです」と話すお二人が、函南町に移住を決めた理由は何だろうか。

夫Tさん:函南町を選んだ一番の理由は、東京までから1時間というアクセスの良さですね。妻の実家は横浜ですし、夫婦それぞれ月に1〜3回は都心へ通っていると思います。東京の友達も近いのでよく遊びに来てくれます。

Y夫妻が購入した住宅の敷地面積はおよそ400坪。敷地には住居となる平屋の農家住宅と、裏に離れ、古民家、竹林も付いていた。

夫Tさん:今はまだ準備中ですが、いずれ裏の古民家でも里山体験や自然教室などを再開したいと思っていて、妻もここで味噌づくりのワークショップや料理教室などをやっていく予定です。古民家や竹林がセットの物件は、私たちの活動の場として申し分ない条件でした。

売主の方は、古民家と蔵を壊して更地にすることも考えていたが、Y夫妻が全部改修して使いたいと伝えたところ、大変喜ばれたという。

夫Tさん:仲介してくれた地元の不動産会社の社長さんが売主さんや地域の方たちと同郷の知り合いだったことから、地域の方たちには移住前から大変良くしていただきました。これからこの地域で活動を始めようとしている私たちとって、移住の入り口が良かったことは、大きな意味がありました。函南町には私たちが望んでいた地域とのつながりや、自分たちの知識や経験が活かし、貢献できる場所があると思っています。

「ハーフビルド」という選択

家を購入したY夫妻は、耐震補強工事を含めたリフォームをするにあたって、自分たちでできることは自分たちでやる「ハーフビルド」という方法を選択した。設計・工事監理を依頼した〈一級建築士事務所アトリエ結〉は、沼津に事務所を構える木造建築のスペシャリストであり、ハーフビルドにも対応してくれる数少ない設計事務所だ。

アトリエ結さん:ハーフビルドというのは、構造体や設備など重要な部分などは工事のプロにお願いして、壁塗りのような自分たちでやれる部分を自分たちでやるというものです。施工業者には、ハーフビルドに理解があり、施主さんの想いに寄り添ってくれる県内の業者を紹介させていただきました。工事は耐震補強や水回りの工事など優先順位の高いものから行い、施主さんができること・できないことを振り分けて全体予算を組みました。また、耐震補強工事に県TOUKAI-0補助金、それから+Oスペース*(ワークスペースのこと)も計画していたことから県テレワーク対応リフォーム補助金を活用することで、計100万円以上の費用負担を軽減できました。

リフォームで一番こだわったところは、家の中心にリビング・ダイニング・台所を一体にして配置することと、大きな空間で家族4人の時も、仲間がみんなで集まった時も臨機応変に対応できるあたたかい場を創り出すこと。将来的には、妻Yさんが自然食を主とした料理教室を開くために対面で使える大きなアイライドキッチンも取り入れた。

夫Tさん:農作業や野良仕事など汚れることや直接野菜などを持ち込むことも多いので、裏の勝手口やサブの冷蔵庫用のスペースなど、使い勝手が良いように設計していただき、シンクも一番大きなものを選びました。またキッチンのタイルは妻がこだわって選んだもので、施工は業者に依頼して目地無しで張ってもらいました。

施工業者による耐震工事が終わったのが2023年の1月末。それ以前からY夫妻によるリフォームが始まっていた。引越しまでは東京から週1回のペースで通い、引越し後は住みながら少しずつ作業を進めていった。

自分たちの家を、自分たちの手で

夫Tさん:室内の白い漆喰の壁は、全部自分たちで塗りました。実は全部塗り終えたのはつい最近です。とにかく2023年内には終わらせようと二人で誓いを立てて頑張りました。また、リビングの一番大きな茶色い壁ですが、これは自分たちで木小舞(きごまい)の下地を作るところから仕上げた土壁です。

移住をきっかけに、住環境について改めて考えたという夫Tさん。伝統工法の土壁は、多機能かつ持続可能な自然素材と技術であるにもかかわらず、現代工法の家に組み入れる難しさから、日本の住宅から姿を消しつつあることを知ります。

夫Tさん:土壁の伝統文化や技術を大事にして後世に繋いでいけたらと思い、わが家のリフォームで土壁を塗るワークショップを企画しました。講師をお呼びして、僕たちも参加者の皆さんと一緒に学びながら塗っていきました。

地域の居場所をつくりたい

壁塗りのほかにも、玄関の石材張りや、庭木の伐採・抜根、裏の竹林の間伐など、手を入れた場所はいくらでもある。「毎回、何でこんな大変なことをやろうと言い出したのだろうと、一度は後悔するんです」と笑いながら話す夫Tさん。それでも夫婦でここまで頑張ってきた原動力は何なのだろうか。

夫Tさん:竹林は最近ようやく間伐が終わり、これから光が差して良い竹林になっていくと思います。裏の古民家や蔵も土壁のワークショップを開催しながらしっかり再生する予定です。竹林の保全と古民家の再生が進めば、ここは本当に素敵な場所になると思うんですよ。そうなったらこの古民家を、地域の居場所の1つにしたいというのが私たちの願いです。

春には裏の竹林で美味しい筍が沢山採れるという。古民家に大人も子どもも集まって、笹鳴りが聞こえなくなるほど賑やかに過ごす。もうすぐここで、そんな光景を見ることができそうだ。

(*)+O(プラスオー):静岡らしい住まいにオフィス空間をプラスした住環境のこと。「住まい+Office」から静岡県が作成した造語。

Information

所在地 函南町畑毛
設計者 一級建築士事務所アトリエ結
(https://atelier-you-a.com/)
工事種別 改修
建物概要 木造平屋、延床面積 約132㎡