木と人のぬくもりに溢れた家づくり
住まいのインタビュー静岡県浜松市天竜区の二俣地域は、北遠地域の玄関口として栄え、豊かな自然と歴史ある街並みが残る地域だ。近年は商店街に新しい店舗が次々とオープンし、若い世代から注目を集めている。
T夫妻 (夫Mさん、妻Aさん)が、この地に家を建てたのは今から7年前のこと。地域や人との出会いを大切にしてきたお二人が、終の住処に求めたものとは?
県産材にこだわった家づくり
昔ながらの日本家屋の良さを残しつつ、現代的で軽やかな佇まいの一軒家。リビングから土間を介して外の軒下スペースへとつながる空間がなんとも開放的だ。この家に住むのは、子どもが独立して夫婦水入らずとなったT夫妻。家が建つ静岡県浜松市天竜区は、良質の杉や桧を生育する「天竜美林」として知られる林業地だ。ご夫妻のこだわりは、地元の天竜杉をはじめ、県産材をふんだんに使った、木のぬくもりを感じられる家づくり。そこには建てるべくして建った、不思議な巡り合わせがあった。
夫Mさん:ここは元々妻の実家があった場所です。もう10年以上前の話になりますが、夫婦共通の友人に頼まれて京都の大学の建築学科の設計実習に、この土地を使ってもらったことがあるんです。私たち夫婦が住むことを想定した木造の家という課題で、実際に学生さんたちが天竜まで来て、測量、提案、設計、プレゼンテーションまでやってもらいました。
夫Mさん:それから数年を経て、そろそろ本当に家を建てようという話になった時には、僕はもう正直ハウスメーカーで建てればいいと思っていたんです。ところが夫婦共通の友人から「静岡県の産業の発展に尽力してきたあなたが県産材を使って地元の工務店で家を建てなくてどうするんですか」と言われてしまってね。その彼から「木をふんだんに使う地元の設計事務所」ということで紹介されたのが、浜松の〈設計工務店アラン〉(以下、アラン)さんです。
夫Mさんは、30代の頃に静岡県中部の川根本町の山を視察するなど、林業や県産材に関わる仕事に携わっていたという。ご友人の強い後押しもあり、地元の木を使ったこだわりの家づくりが始まった。
山と住まい手をつなぐ家
夫Mさん:実はアランさんも大学の設計実習に参加されていたのですが、当時はアランさんが浜松の方だということを知らなくてね。アランさんに提案していただいた開放的な間取りは当時から私たちも気に入っていたので、それに近いものを実際に建ててもらいました。コンセプトは老後夫婦2人で住む家。人が集う広い場所と2人それぞれの書斎、それから当時は妻が隣の家に用事があってよく行き来をしていましたので、そこにもすぐ行けるような家にしてもらいました。
梁や柱には天竜地区の木材が、壁には〈Jパネル〉*と呼ばれる構造壁に加工された川根地区の木材が、建材として使用された。
アランさん:私たちが〈Jパネル〉を提案させていただいた際に「パネルは川根の山から伐り出された杉材を材料にして製造しています」とご説明したところ、Mさんが「ああ、そのパネル知っているよ。できたら杉山さんの山の木を使ってもらいたいな」っておっしゃったんです。その杉山さんとは川根本町の林業家で、県で初めてFSCの予備認証を取得された方です。まさかMさんがお知り合いだとは思わなかったので驚きました。工事を進めるにあたって川根本町の杉山さんの山まで行き、〈Jパネル〉の材料となる立木をあらためて見に行ったことも思い出されます。
さらに家の大黒柱には、妻Aさんのご実家の裏山で代々大事にされてきた木が使われたという。こうして、家族の木材、知人の木材、地元の木材といった縁の詰まった材料で作られた家が完成した。
アランさん:建前の時には杉山さんにもお越しいただいて、住まい手と山の担い手、大工さん、ほかにも我々のようなT夫妻の家づくりに関係した人たちが一同に介しました。家が完成した後には、大黒柱で使った木の山を管理されている方も家にお見えになりました。
山で木を育てている方は、普段自分の山から伐り出した木がどこに使われているかを知る機会がほとんどありません。私たちが設計した家が、住まい手と山の担い手をつなぐ場になるという、貴重な体験をさせていただきました。
夫Mさん:家を建てて随分経ちますが、今でも杉の香りがするんですよ。実際に建つまでは図面や模型しか見ていなかったのでね、正直こんなに木を使うとは思っていませんでした。木はやっぱり暖かいですね。冬はストーブ一台で過ごしています。夏は土間から涼しい風が入るので快適ですよ。
+Oスペースは、お互いの気配を感じる「いい距離」が大事
大学の設計実習の時からお二人が希望されていたのが、それぞれ独立した+Oスペース*(ワークスペースのこと。以下、+Oスペース)だ。二人の部屋は通路を挟んで両側に配置され、戸を開けて振り向くとお互いの背中が見えるようになっている。
夫Mさん:今はwi-fiでどこでも仕事ができるようになって便利な時代になりましたね。書斎はリモート会議や電話の時に戸を閉められるようにと設計してもらいました。
妻Aさんは、今も現役の保健師として仕事をこなし、家で仕事をすることも多いという。
妻Aさん:オンラインで妊産婦の保健指導をする時は、リビングで相手と画面越しにストレッチなどをするんですよ。オンラインで会議をすることも多く、その時はわざと背景をぼかさないで会議に参加しています。そうすると皆さん、素敵な木に囲まれた部屋ですねとすごく喜んでくださるんですよ。行ってみたいとおっしゃってくれる方を本当にうちに招待したこともあるんです。
人が集う場所、まちに開かれた住まい
お二人がゆっくりくつろぐときは、座ったときにちょうどいい高さの窓があるキッチン横の掘りごたつで過ごし、人が集まるときは土間とつながった広いリビングでもてなすという。玄関の土間から続く気持ちがいい軒下にはベンチもあり、ついつい長話をしてしまいそうだ。
妻Aさん:お客さまにお茶を淹れるのはいつも主人なんです。
アランさん:私たちがメンテナンスでお伺いする時も、いつも当たり前のようにお茶やお昼を用意してくださるんですよ。お二人が温かく迎えてくださるので居心地がすごくいいんです。
夫Mさん:おかげさまで、うちは本当にいろんな人が来ますね。夏は広い軒下の土間を使ってバーベキューをします。
開放的で居心地のよい家は、いつでも人を迎え入れるお二人の姿と重なって見える。その昔、この地域の何組もの夫婦がAさんのご実家で結婚式を挙げていたという。地域の人の思い出が詰まった家の跡地に建てられたこの家も、人が集う場所として開かれ、地域の人たちにとってかけがえのない場所になっていくのだろう。
(*)+O(プラスオー):静岡らしい住まいにオフィス空間をプラスした住環境のこと。「住まい+Office」から静岡県が作成した造語。
Jパネル:12mm幅のはぎ板を3層交互に積層したパネル
Information
所在地 | 浜松市天竜区二俣 |
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設計・施工者 | 有限会社アラン (https://alain.co.jp/) |
工事種別 | 新築 |
建物概要 | 木造2階、延床面積 約150㎡ |